トップページ > 特集 vol.70 絶品、鍋料理!

絶品、鍋料理!

寒さが一段と厳しくなると、恋しくなるのが鍋料理。昔から日本人に親しまれてきたように思えますが、実は、鍋料理が確立されたのは江戸時代後期なのだそう。今回の「Trace」は、からだも心もポカポカに温めてくれる鍋料理の秘密に迫ってみました。

鍋は使えど“鍋料理”はなし?

 鍋を火にかけて食材を煮ながら食べる……鍋料理と聞けば誰もが思い浮かべるこのスタイルは、江戸時代後期から始まったといわれています。もちろん、縄文時代の遺跡から素焼きの土器が発掘されているように、鍋を使った食材の煮炊きは江戸以前から行われていました。ただし、古来炊事道具である鍋は神聖なものという意識が強く、その鍋を直箸で穢(けが)すことはタブー視されていたため、鍋で煮たものは個々の器に盛られて供され、囲炉裏端や厨房から鍋そのものが持ち出されることはなかったそう。
 そんな鍋の扱われ方が変わったのが17世紀中頃のこと。社会的に力をつけてきた江戸の庶民が食を楽しむようになり、魚や野菜、味噌を入れて煮た鍋をそのまま供する「なべやき」が人気を得ます。また、日本には個別の膳で食事する銘々膳の伝統がありますが、1つの卓を囲んで大皿料理を取り分けて食べる卓袱(しっぽく)料理の流行で、身分や職業、男女の差などを超えて食卓を囲む楽しさが広がり、18世紀後半には座敷に1~2人用の鍋を持ち出して、火にかけながら食べる“小鍋立て”のスタイルが浸透していくのです。

焼きから煮込みへ変化した国民食

 Trace vol.69「消防」の特集でも触れたとおり、木造家屋が密集し火事が多かった江戸の町。何度も火を起こすと失火の心配もありますし、燃料の薪も貴重だったことから、火鉢と木炭、鍋さえあればすすや煙を出すことなく、熱々の料理を楽しめる小鍋立ては人々に受け入れられました。後述するねぎま鍋をはじめ、どじょう鍋、ナマズ鍋、穴子鍋、軍鶏鍋、イノシシ鍋など、現在も残る鍋料理が登場するのも江戸時代後期だといいます。
 いまや国民食ともいえる「おでん」が鍋料理として生まれ変わったのもこの頃のこと。もともとおでんは、豆腐を竹串に刺して囲炉裏端で焼き、辛味噌をつけて食べる豆腐田楽がルーツ。それが、17世紀の終わり頃に豆腐からコンニャクを刺したコンニャク田楽に変わり、コンニャクをはじめさまざまな食材を煮込んだ「煮込み田楽」も登場。江戸っ子の間で流行したことが、現在のおでんにつながるのだそう。ちなみに「おでん」という名前の由来は、宮中などに仕える女性が田楽に「お」をつけて丁寧に呼んだことから生まれたという説のほか、「煮込みお田楽」を略したという説など諸説あるようです。

約10年で店舗が500倍!!明治に大流行した鍋料理

 鍋料理の定番「すき焼き」は、日本の鍋文化を盛り上げた大功労者です。そもそも日本では仏教伝来以来、公には獣肉を食べることが禁じられていましたが、明治時代に入ると文明開化の名のもとに肉を食べることが奨励されます。それと前後するように、幕末の横浜で初の牛鍋屋が誕生し、1868年、明治元年以降は横浜だけでなく東京でも牛鍋屋が次々と開業。醤油、砂糖、みりんで味付けした牛肉に、ねぎ、たまねぎ、豆腐、しらたきなどを加えて煮ながら食べる牛鍋は大流行し、1877年には東京の牛鍋屋は500軒を超えたといわれています。
 この牛鍋が「すき焼き」と名前を変えるのが1923年の関東大震災以降のこと。実は、すき焼きは関西から伝わった言葉で、関西では昔からすき焼きといえば、農家で使われなくなった古い鋤(すき)を火の上に置き、魚や肉を乗せて焼く“焼き肉”のような料理を指していたとか。いまでも関西風のすき焼きが割り下をほとんど使わず、牛脂を使って肉を焼いてから醤油や砂糖、野菜などを入れていくのもこれで納得がいきますね。

SUKIYAKIといえば……

 鍋料理の話題から少しそれますが、すき焼きといえば昭和を代表する歌手・坂本九の大ヒット曲「上を向いて歩こう」の海外版タイトル(SUKIYAKI)でもあります。なぜ、歌のタイトルが鍋の名前になったかといえば、同曲をリリースすることになるアメリカのレコード会社・キャピトルのプロデューサーが「アメリカ人が知っている数少ない日本語のひとつで覚えやすいものを」とタイトルに冠したといわれています。
 しかし、このエピソードには裏話があり、全米のラジオ局に試聴用として配布されたレコードには「SUKIYAKA」とクレジットされていました。「誤植では?」と思ってしまいますが、これは、曲名の語尾をKYU SAKAMOTOの“SAKA”と同じ響き(YAKA)にすれば、リスナーが歌手名と曲名をセットで覚えてくれると意図的に変えられたものなのだそう。その狙いが的中してか、同曲は全米を席巻。1963年にはビルボード週間チャートで1位を獲得し、さまざまな歌手にカバーされる世界の名曲となるのです。

鍋野菜の王様、待望の来日!

 鍋料理に話題を戻しましょう。ねぎ、きのこ、春菊、もやし、ニラなど、鍋料理には肉や魚と一緒にたくさんの野菜が入っているもの。なかでもさまざまなランキングで“一番好きな鍋野菜”に選ばれているのが、冬野菜の代表格・白菜です。鍋料理と切っても切れない関係の白菜ですが、実は、日本人に食されるようになるのは明治時代初期と、意外と最近の話なんです。
 もともと白菜は中国北部の原産で、体菜とカブのかけ合わせで生まれたとされています。東アジアを中心に広く食されていたものが、1875年、清国から山東白菜3株が東京博覧会に出品されたことで初めて日本に紹介され、農学校などで栽培や品種改良が進められました。鍋をはじめ、さまざまな料理に広く使われるようになったのは、日清戦争や日露戦争に出兵した兵士が中国で食べた白菜の味が忘れられず、その種を持ち帰って各地で栽培を始めたことがきっかけなのだそう。

あの鍋の名前は水が踊る音?

 戦争がきっかけで日本へやってきたのは野菜だけではありません。すき焼きと並ぶ鍋の定番・しゃぶしゃぶは太平洋戦争と関わり合いがあるんです。
 しゃぶしゃぶが誕生したのは太平洋戦争敗戦後まもなくのこと。戦中に北京で軍医をしていたある男性が、現在の新疆ウイグル自治区の回教徒に伝わる「シュワンヤンロウ」と出会い、その調理法を京都の料理店に教えたことがきっかけだといいます。シュワンヤンロウとは、厳しい寒さの中で凍ってしまった羊肉を包丁で薄く削ぎ、野菜などと一緒に熱々のスープで洗うように火を通し、タレをつけて食べるもの。回教徒を通じて北京一帯に広まった郷土料理でした。
 日本では羊肉が手に入りにくかったことから牛肉を使い、昆布だしやポン酢、ごまだれなど和風の味付けを施して「牛肉の水だき」として供された鍋料理は、すき焼きとはひと味もふた味も違う味わい、食べ方が評判になり、大阪の牛肉専門店が「(食べている様子が)たらいで洗濯物をすすぐ様に似ている」からと、水が踊る音=しゃぶしゃぶと命名します。そして昭和30年代には東京にも進出し、全国区の鍋料理となるのです。


江戸時代後期に現在のようなかたちとなった鍋料理は、いつの時代も人々をほっこり温めてくれていたようですね。次ページにも鍋料理のエピソードは続きます。

  • 1
  • 2
くらBEST「スタイルいろいろ卓上コンロ編」を読む

Traceおすすめの関連商品

  • 『〆までうまい松葉ガニ夫婦鍋セット』4人前(松葉ガニ大1000g級2杯・せこ蟹4杯)特製スープ付 ※冷凍
  • 手造りの土鍋 (藤田陽作)
  • 『大洗のどぶ汁セット(生あんこう)』 茨城県産 6人前 ※冷蔵
  • 神戸牛 鋤焼セット《豊潤》 霜降りロース800g(約4〜5人前)+酒・醤油・砂糖付き ※冷蔵
うまいもんドットコム

うまいもんドットコム

うまいもんドットコムは、全国の逸品をお届けする、究極のグルメショッピングサイトです。全国各地から通年で3,000品以上の美味しい食の逸品をご紹介しております。また、日本の季節の移り変わりに合わせて、旬の極上素材を信頼できる生産者から直送します。

倍増TOWN 経由でうまいもんドットコムをご利用いただくと NTTグループカードご利用ポイントが6倍!(2019/1/18現在)

※倍増TOWNのご利用にはMyLinkへのログインが必要です。 ※一部ポイント加算の対象外となる商品・ご注文がございます。詳しくはこちら

※別途送料がかかる場合がございます。 ※掲載の商品は、在庫がない場合や予告なく販売終了する場合がございます。あらかじめご了承ください。 ※価格は変動の可能性がございます。最新の価格は商品ページでお確かめください。 ※商品の色はご覧頂いている環境によって実際の色とは異なる場合がございます。

PageTop