一過性のブームではなく、すっかり定着した感のある落語人気。さまざまなメディアで落語家の活躍を見聞きして、実際に落語を観てみたいと思っている人も多いのではないでしょうか。とはいえ、寄席に行くとなると、「“落語通”にしかわからないルールがあるのでは?」「勝手がわからないし……」と尻込みしてしまうのも確か。そこで今回は、初心者に最適な寄席の楽しみ方を寄席文字書家の橘右橘さんに教えてもらいました。
「寄席」とは、人が寄り集まった「寄る席」からきており、落語だけではなく講談や漫才、漫談、手品、曲芸などが見られる演芸場のことを指します。さまざまな芸種が見られることから、寄せ集めるという意味もあるかも? それくらい肩の力を抜いて見物できるものです。ただし、明治以降、狭義で常に落語が見られる定席(じょうせき)の演芸場を指す場合もあります。
落語が常に見物できる定席は、東京の場合4つあります。それが、「鈴本演芸場」「末廣亭」「浅草演芸ホール」「池袋演芸場」です。それぞれ歴史や建物に次のような特徴があります。

●鈴本演芸場
安政4(1857)年にできた上野「軍談席本牧亭」を母体とした歴史ある寄席。285席あり、後ろの席になるにしたがって高くなっているので、見物しやすくなっている。落語協会に所属する芸人のみの出演。すべて椅子席で飲食用テーブルも付属している。
東京都台東区上野2-7-12
昼の部 12:30~16:30 夜の部 17:30~20:40

●末廣亭
寄席の伝統を重んじる、雰囲気のある建物が特徴。寄席らしい風情を味わいたい人にはうってつけ。見物席も椅子のほかに、畳の桟敷席が両脇にある。毎週土曜日に若手による深夜寄席が行われている。夜の部は途中入場の場合、割引料金となる。
東京都新宿区新宿3-6-12
昼の部 12:30~16:30 夜の部 17:00~21:00

●浅草演芸ホール
浅草六区の演芸場の1つとして、昭和39(1964)年に誕生。浅草フランス座を前身として、同じビルに漫才や漫談が中心の東洋館がある。年中無休で営業され、いつでも演芸をみられるのもうれしい。340席すべてが椅子席で、2階席もある。原則として昼夜入れ替えがないので、一日中楽しむことができる。夜の部の途中入場の割引あり。
東京都台東区浅草1-43-12
昼の部 11:40~16:30 夜の部 16:40~21:00

●池袋演芸場
昭和26(1951)年に創業し、改築の後、1993年に現在の演芸場が完成。92席とほかの寄席とくらべてコンパクトなことから、アットホームな雰囲気が魅力。芸人の持ち時間が長く、どの席でも息づかいが聞こえてくるほど。初心者にも通にも、うれしい空間。
東京都豊島区西池袋1-23-1エルクルーセビル
上席:昼の部 12:30~16:15、夜の部 16:45~20:30
中席:昼の部 12:30~16:30、夜の部 17:00~20:30
上席:昼の部 14:00~17:00、夜の部 日替わり
4つの定席のほか、国立演芸場、永谷の演芸場でもたくさんの落語が見られます。そのほか、各地のホールや居酒屋、そば屋さんなどで落語が披露されることもあります。
寄席は基本的に当日券のみ。予約の必要がなく、ふらりと行けるのがいいところです。どんな人が出るか気になる場合は、『東京かわら版』などで、その日のプログラム(番組)の出演者をチェックして行けばOK。ただし、大御所の落語家が出るようなときは混雑が予想されるため、前売りや予約が行われることもあります。
寄席の番組は、月の初めから10日ごとに変わります。毎月1~10日を上席、11~20日を中席、21~30日を下席といいます。ちなみに、番組が変わるといっても、どの出演者がどの噺(はなし)をするかは当日のお楽しみ。出演者は、当日の流れをみて、どんな内容にするかを決めています。また、地方公演などがあって、当日の出演者が変更になる場合もあるので、お目当ての落語家がいる場合は、演芸場のホームページなどで確認しましょう。
高座全体を見渡せて、声もよく聞こえるという意味でのおすすめは、「と」「ち」「り」の席の真ん中。演芸場は前から、いろはにほへと……の順になっているので、7、8、9列目ということになります。そのほか、2階がある演芸場なら2階席の最前列も見通しがよく、おすすめです。
お弁当や飲み物、お菓子は演芸場でも販売されていますし、持ち込みもできます。ただし、ニオイが強い食べ物や、せんべいなど音のするお菓子は避けたほうがベター。また、お酒を飲むときは、飲み過ぎて周りの迷惑にならないように注意しましょう。
※末廣亭では飲酒は禁じられています。
寄席は気軽に行って楽しむ庶民のエンターテイメントなので、特に何を着て行っても構いません。お正月は、華やかな雰囲気があるので、着物を着ても楽しいでしょう。寄席によっては、着物割引もあります。
高座の録音や録画、撮影は禁止されています。携帯電話はマナーモードにするなど、音で迷惑をかけないように注意しましょう。そのほか、むずかしいマナーはありませんが、寄席の雰囲気を壊すような行動はタブー。知っている話だからとうんちくを垂れたくなる気持ちはわかりますが、先を言ってしまわないように。タイミングを考えず甲高い声で笑ったり、始終むっつりしているのもおかしいもの。ゆったりと協調して楽しむのがマナーです。
落語芸術協会と落語協会に所属する落語家のうち、若手・実力派・大御所に分けておすすめの落語家を紹介してもらいました。
落語家や作家がオリジナルで創作するものを「新作落語」といいます。現代につくられたものなので、今の時代を表したおもしろさがあるでしょう。一方の「古典落語」は、江戸時代から伝わった落語を指します。古典落語というと古臭く聞こえるかもしれませんが、時空を超えた笑いを届けるという意味では人間の普遍的なおもしろさを表現したものといえます。古典落語のなかには聞いたことのある作品もあるのではないでしょうか?

「じゅげむ・じゅげむ・ごこうのすりきれ~」で始まる長い名前を早口言葉や言葉遊びとして楽しむ噺。

医師の診察で「てんしき(おなら)」があるかを聞かれた和尚が知ったかぶりをしてとんちんかんなやりとりをする噺。

妻にもらった女のばか丁寧な言葉づかいが起こす騒動を笑う噺。

骨董屋を舞台にした小僧と客のやりとりと、小僧と店主の妻が難解な上方弁に振り回される噺。寿限無のように言い立ての滑稽さを楽しむもの。

監修:橘 右橘さん
寄席文字書家/東京都台東区生まれ。橘流寄席文字の家元・橘右近に師事し、1975年より橘流一門に。鈴本演芸場の看板を書くなど、寄席文字の情緒を広く伝えている。また、荒井三鯉の名で勘亭流の歌舞伎文字、中村真規の名で芸評の活動も行い、芸術選奨、芸術祭などの文化庁の職務を歴任。江戸文字や落語の文化を支えている。

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