トップページ > 特集 vol.46 偉大なるチョコレート

偉大なるチョコレート

来月に控えるバレンタインデーをはじめ、世界の有名ショコラティエを招いた「サロン・デュ・ショコラ」の開催など、この時期はチョコレートの話題がなにかと多くなるもの。今月の「Trace」では、お菓子の王様ともいえるチョコレートの世界を覗いてみたいと思います。紀元前から「神々の食べ物」として珍重されていたチョコレートですが、人々の食べ物として普及するまでにはかなりの時間を要したとか……?

チョコレートは「豚の飲み物」!?

 チョコレートの原料であるカカオ。これを初めて利用したのは、いまから数千年前、現在のメキシコ南部から中央アメリカのエルサルバドルやホンジュラスあたりに広がるメソアメリカに暮らしていた人々でした。メソアメリカでは紀元前からカカオを栽培し、神々への捧げものとして、また王や貴族、戦士のあいだでは滋養強壮や戦闘意欲を高める飲み物として珍重されていたといいます。
 いまやチョコレートは食べ物というイメージが一般的ですが、当時はあくまで飲み物。その飲み方は、焙炒(ばいしょう)したカカオをすりつぶし、水やトウモロコシの粉、トウガラシ、食紅(アチョテ)などを加えるというもので、滋養に富んでいましたが、やがてこの地域を支配したスペイン人からは「人間にではなく豚に適したもの」と言われるほど不人気だったとか……。

貨幣価値を持つカカオ、偽物も横行?

 古代メソアメリカで、カカオは捧げものや飲み物だけでなく、交易品や貨幣としても利用されていました。16世紀中頃にメキシコ・トラスカラの市場を調査した記録から、カカオの貨幣価値が見て取れます。

 このほか、カカオ豆1粒で大きなトマト1つ、緑トウガラシ2つ(熟れたものは4つ)、焚き木1束分の価値があったそう。気候の変化やカカオ栽培地の拡大などでその価値は絶えず変動していたものの、お金と同じ価値があることから、カカオに似た豆の皮を取り除き、その中に土などを詰めた“偽カカオ”も出回っていたといいます。

“食べるチョコレート”は19世紀に誕生

 前述の通り、飲み物だったチョコレートが食べ物として楽しまれるようになったのはいつ頃なのでしょう? 中南米からヨーロッパ大陸にカカオが伝わったのは16世紀後半から17世紀のこと。チョコラテ(チョコレート)という言葉が生まれ、初めはスペインで、その後、イタリア、フランス、イギリスなどにも飲み物として広がります。しかし、固形チョコレートの誕生は19世紀まで待たなければなりません。この時代に現代のチョコレートにつながる重要な4つの発明があったのです。

チョコレート界の四大発明とは?

①ココアの発明

1828年、オランダのコンラート・ヴァン・ホーテンが、カカオマス(カカオ液)から脂肪分であるココアバターを抽出し、ココアケーキを細かく粉砕したココアパウダーの製造に成功。脂肪分が多いため水とのなじみが悪く、刺激が強くて飲みにくかったチョコレートを、まろやかで飲み心地の良いものに変えたのです。ちなみにこのコンラートは、現在も世界中で親しまれているココアブランド・バンホーテンの創始者です。


②固形チョコレートの発明

18世紀中頃から薬品としてココア製造を行っていたイギリスのフライ家。19世紀前半に薬局を経営していたジョセフ・フライは、1847年、カカオマスと砂糖をすりつぶし、ココアバターを加え型に流し込んで冷やすことで、常温では固体となり、口の中では溶ける食べ物としてのチョコレートを開発、板チョコレートとして販売します。


③ミルクチョコレートの発明

1875年、スイスのダニエル・ペーターが、ミルクチョコレートの開発に成功。脂肪分が多く水とは混ざりにくいチョコレートは液体ミルクとの相性が悪かったものの、濃縮されたコンデンスミルクを使うことで、なめらかで風味の良いミルクチョコレートを生み出します。世界最大の食品総合メーカーであるネスレ社の創業者アンリ・ネスレがペーターと共同でミルクチョコレートを開発したという説もありますが、これには異論があるようです。


④コンチェの発明

コンチェとは、カカオマスやココアバター、砂糖、粉乳などの材料をすり混ぜ、細かい粒子にしてなじませる装置。なめらかな食感やチョコレート特有の香りを生むために欠かせないこの装置は1880年、スイスのルドルフ・リンツにより開発され、現代のチョコレート製造に欠かせない設備となっています。

 国を超えた飽くなき探求心、さまざまな技術革新によって、チョコレートは食べ物として大きな発展を遂げたのです。

日本には回春剤として伝わった?

 日本にチョコレートが伝わったのは江戸時代。長崎の丸山町・寄合町の記録『寄合町諸事書上控帳』で、1797(寛政9)年3月末、大和路という遊女が出島のオランダ人から“しよくらあと六つ”をもらい受けたと書かれているのが、現存する日本最古のチョコレートにまつわる記録といわれています。また、京都の蘭方医であった廣川獬が1800(寛政12)年に刊行した『長崎聞見録』でも“志ょくらとを”が絵入りで解説されていますが、当時の日本人にとってチョコレートは薬であり、廣川も回春剤として紹介していました。
 1877(明治10)年には、東京両国の米津風月堂が日本で初めてチョコレートを商品として販売します。そして1899(明治32)年に森永商店(現森永製菓)が輸入した原料チョコレートからクリームチョコレートの生産を始め、チョコレートの工業化がスタート。いまではおなじみの不二家洋菓子舗(現不二家)や芥川松風堂(現芥川製菓)、東京菓子(現明治)などもそのあとを追いました。

“ギブミーチョコレート”で代用品も人気に

 昭和に入り、長い戦争の時代が始まるとチョコレートの製造も中断されました。戦後、焼け野原の日本では進駐軍などがもたらした外国産チョコレートが流通していましたが、菓子業界でも輸入が途絶えていたカカオに代えて、グルコース(ブドウ糖)を主原料にココアパウダーなどを配合した代用グルコースチョコレートを生産。甘美な味を求めて、代用品でも供給が追い付かないほどの人気を集めたといいます。


薬として始まり、のちに甘美なテイストのお菓子として日本でも普及したチョコレート。次ページでは、日本独自のあの習慣の秘密にも迫ります。

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