同じ宿泊施設でも、旅館とホテルではその楽しみ方は違うもの。四季の美しさや温泉の楽しみがある旅館でのマナーや振る舞い方は、日本人なら知っておきたいところです。今回は、トラベルジャーナリストの石井宏子さんに、旅館のおもてなしを満喫するためのスマートな振る舞い方を教わりました。
同じ宿泊施設といえど、旅館とホテルには大きな違いがあります。まず、ホテルでは客室だけがプライベート空間で、それ以外はパブリックな空間となります。客室のほかは屋外と同じですから、宿泊客以外がレストランやショッピングに訪れることもあるわけです。
一方、旅館は玄関に入った瞬間に、宿泊客だけのプライベートな空間となります。格式ある旅館では、玄関を宿泊客だけの聖域である「結界(けっかい)」としているところもあるほどです。旅館は宿泊客が旅館の玄関を入った瞬間に社会的な地位や役割を脱ぎ捨てて、くつろぎの非日常を過ごす場所。つまり、宿泊客同士で旅館というスペースをシェアしているので、距離感を保ってお互いがリラックスできるように過ごすのがマナーです。女将さんや仲居さんは、そのくつろぎをサポートしてくれる人と心得ていれば正しい振る舞いにつながります。
電話を掛ける時間帯が決められている場合はそれに従い、ない場合でも真夜中などに予約をするのは避けたほうがよいでしょう。ホテルと違い、夜中には予約担当者がいないことも多いためです。予約時には「自慢の景色が見られる客室が良い」「露天風呂がついている部屋が良い」など好みの部屋がある場合は伝えます。さらに、アレルギー対応やバリアフリー対応など、特別に伝える必要がある事柄も伝えておきましょう。
チェックインは可能ならば、宿のチェックイン開始時刻に訪れ、旅館のおもてなしを満喫しましょう。特に源泉掛け流しの温泉宿は、チェックイン時に合わせてお湯をためていることが多いため、一番風呂が楽しめるかもしれません。

チェックインを終えたら、ロビーや客室でお菓子とお茶(抹茶)を仲居さんにすすめられます。これは、旅の疲れを癒やそうという旅館の気遣いです。いただく順番は、菓子→お茶(抹茶)の順で。抹茶を出されることもありますが、旅館ではまわす方向や回数などはさほど気にしなくても大丈夫です。作法に従うなら、両手で胸の当たりまで上げてから、二度時計回りに回して、二〜三度で飲み切りましょう。

キャリータイプのスーツケースは、畳など土足禁止の場所では転がさないように、持ち上げて運びます。部屋の中では荷物は板張りのクローゼットなどに置き、置く場所が見当たらなければ、部屋の隅に布を敷いて畳や建材を傷つけないようにします。床の間は神聖な場所ですので、荷物や携帯電話などを置かないようにしましょう。
最近の旅館にはサービス料が含まれているため、部屋を担当してくれた仲居さんに必ずしも心付けを渡す必要はありません。ただ、特別なことをお願いしてそのお礼がしたい場合は、宿泊金額の10%を目安に手渡しましょう。また、畳を汚してしまったなど粗相があった場合には、心付けとは別にそれなりの額を手渡すのがマナーです。

四季を楽しむ文化がある日本。旅館でもあちらこちらに四季が演出されています。景色自慢の部屋であればその眺めを楽しみ、床の間の掛け軸や季節の花のしつらえにも目をやります。また、庭園がどんなしつらえになっているかをのぞきに行ったり、食事も食材だけでなく、器にも季節があらわれているので楽しみましょう。
浴衣は男女ともに左が上となります。それぞれの着こなしポイントも覚えておきましょう。
- 右から合わせて左が上になるように重ね、帯は前から後ろに回し、もう一度前に持ってきて、結ぶ前に両端を帯の下にくぐらせてから蝶々結びなどで結びます。帯の位置は腰骨の上辺りで下げ気味にするのがポイントです。
- 右から合わせて左が上になるように重ね、丈が余ってしまう人はおはしょりをつくってくるぶしが見える程度に調整します。帯は真ん中を腹に当てて、前で一度結んでおきます。このとき、片方を帯の下に通しておくと緩みにくくなります。最後に上前の下辺りで蝶々結びを作って完成。帯の位置は胸の下辺りにすると、はだけにくく、足も長く見えます。

入浴は、夕方、夜、朝と三度入るのがおすすめ。このとき、一度に長く入るのではなく、少しずつ分けて入るのがポイントです。入浴する前は必ず「掛け湯」をするのがマナーであり、自分の体をならすことにもなります。寒い季節にはいきなり露天風呂に行くのは心臓に悪いので、内湯(大浴場)で温まってから露天風呂に行き、再び内湯に入ると良いでしょう。
男女ともに大切な部分はタオルで隠すのが周りへの配慮ですが、お湯につかるときはタオルは頭の上などに置いて、お湯につけないように。また女性で髪の長い人は髪留めを用意し、髪がお湯につからないようにします。少し汗ばんだと思ったらお湯から出て、最後にシャワーで流したほうがよいかどうかは自分の体と相談し、温泉の刺激が強かったり体がほてっていると感じたら流しましょう。

食事は一番おいしい状態で急いで運んできてくれるものなので、早くにいただくのがマナー。記念に写真を撮りたいなら、手短に済ませましょう。食事中のお酒(ワインなど)やケーキの持ち込みは基本的にはご法度。特別な日で持ち込みをしたい場合は、事前に相談し、持ち込み料などを支払いましょう。
布団は乱れていたらならす程度で、畳んだり、シーツをはがしたりしなくて問題ありません。浴衣やタオルはまとめて置いておけば大丈夫ですが、濡れていたら畳の上には置かず、洗面所のタオル掛けにかけておきましょう。
近年は子ども連れの宿泊プランを提供している旅館も増えていますが、旅館は宿泊客同士でシェアするプライベートな空間なので、子どもには騒いだりしないように言い聞かせておきましょう。もし騒いでしまったら、その都度注意し、ほったらかしにしないことが大切。親が「申し訳ない」という態度でいれば、まわりも寛容になってくれるものです。騒いでしまいそうだと思ったら、食事はあらかじめ部屋食にするなどの配慮をするのもひとつの手です。

監修:石井 宏子 さん
トラベルジャーナリスト・温泉ビューティ研究家
年の半分は旅に出かけて宿に泊まることをライフワークとするトラベルジャーナリスト。温泉地の自然環境にも着目し、ドイツ・ミュンヘン大学アンゲラ・シュウ気候医学教授に学び「気候療法士」資格を取得。温泉、自然環境、食事、宿での過ごし方などを通じて、心も体もきれいになる新しい旅“ビューティツーリズム”を提唱している。『だから行きたくなる温泉セラピーの宿50』など著書多数。
https://www.onsenbeauty.com/

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