トップページ > 特集 vol.34 やなせたかしに学ぶ

やなせたかしに学ぶ

「アンパンマン」や「手のひらを太陽に」の作り手であるやなせたかしさんは、作品を通していつも私たちに希望や喜びを与えてくれました。そんなやなせさんの生涯は、意外にも順風満帆ではなかったそう。長いあいだヒット作に恵まれず、アンパンマンがヒットしたのは70歳直前だったのです。人気作の陰に隠れてあまり見えてこなかった彼の人生から、私たちはより多くのことを学べるかもしれません。今月の「Trace」は、やなせさんの歩み、そしてアンパンマンに秘められたトリビアなどを探る「やなせたかし特集」です!

写真提供:公益財団法人やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団

やなせさんと老舗百貨店の意外なカンケイ

 三越といえば百貨店の代名詞的存在。白地に赤の包装紙はみなさんにもおなじみだと思いますが、実はこの包装紙の「mitsukoshi」というレタリングを、やなせさんが手がけていたってご存じですか?
 やなせさんは26歳で終戦を迎えて日本に戻ると、高知新聞社や東京のデザイン会社を経て、日本橋三越(現・三越伊勢丹)に宣伝部員として入社。店内装飾やショーウインドウのデザインなどの仕事をしながら、子どもの頃から志していたマンガ家になるべく投書を続けていました。そして入社から3年後の1950年、三越が包装紙のデザインを一新することになりました。
 包装紙のデザインは、当時、洋画界の旗手であった猪熊弦一郎氏。やなせさんがデザイン画を受け取りに行くと「場所は指定してあるからmitsukoshiという字はそっちで書いてね」と言われて、しかたなく文字の部分を自分で書いたのだとか!
 この鮮やかな包装紙は荒廃した東京の町並みに光を与え、やがてほかの百貨店も追随するようになります。現在も変更なく使用されている三越の包装紙。見かけたら、やなせさんの若き息吹を感じられるかも?

やなせたかし=マルチタレント?

 「アンパンマン」の作者、そして「手のひらを太陽に」の作詞家としても知られるやなせさん。マンガ家、作詞家、絵本作家、詩人……と、本人でも本業がわからなくなるほどの幅広い活動は、並外れた好奇心と冒険心に裏打ちされていたようです。三越を辞してフリーとなった30代中盤からアンパンマン前夜までの、多彩な仕事の一部をここでご紹介!

時代の寵児・永六輔との出会い

34歳で三越を退社したやなせさんは、ニッポンビール(現・サッポロビール)の4コマパントマイムマンガ「ビールの王さま」の連載をはじめ、人気女優の宮城まり子のリサイタルの構成など、多彩な活動を行います。インタビュアーの仕事をきっかけに出会ったのが、気鋭の放送作家として引っ張りだこだった永六輔さん。大阪で行われた永さん作・演出のミュージカル「見上げてごらん夜の星を」(作曲:いずみたく)の舞台装置を担当することになり、これを機会に永さんやいずみさんとの交流を深めていきます。


交友が生んだ「手のひらを太陽に」

マンガで息づまっていたやなせさんが、「自分を励ます気持ちから生んだ」という国民的童謡「手のひらを太陽に」は、NET(現・テレビ朝日)で1962年に初放送されます。作曲はいずみたくさん、歌は宮城まり子さん、と仕事を通じて親しくなった人々と生んだ作品でもありました。この歌は翌年にNHK「みんなのうた」で放送され、その後全国区となり、音楽の教科書にも採用されるほどに。東日本大震災では「アンパンマンのマーチ」とともに、子どもから大人にまで元気を与えたことも記憶に新しいですね。


テレビ番組で立川談志と共演

テレビの世界とも関わりのあったやなせさんは、1964年にNHKでスタートした子ども向けテレビ番組「まんが学校」に、“マンガの先生”として出演していたことも。司会は落語家の立川談志さん。この番組でやなせさんは全国区となり、大人向けマンガしか描いていなかったやなせさんが子ども向け雑誌に進出するきっかけともなります。

多彩な活動の一方で、マンガ連載はあるものの“代表作”が生まれない日々は、「マンガ家としてのアイデンティティ」にこだわるやなせさんにとって苦しい日々だったともいいます。とはいえ、新しい仕事や人とのつながりが化学変化を起こし、やなせさんの人生に大きな影響を与えているんです!

ライフワークにつながる社長との出会い

 幅広い活動といえば、抒情詩が好きだったやなせさんは、ラジオ番組用などで書きためていた詩を自費出版しようと思っていた矢先、ある会社の社長と出会います。その会社の社長、一体誰だと思いますか?
 やなせさんに詩集の出版話をもちかけたのは、サンリオの創業者である辻信太郎氏! 辻社長はサンリオの前身となる山梨シルクセンターで、雑貨などの販売を行っていましたが、社員に反対されながらも出版部を設立。1966年にやなせさんの第一詩集『愛する歌』を出版しました。
 初版3000部だった詩集は支持を集め第5集まで刊行されました。そして、ここで築かれたやなせさんと辻社長の関係が、やなせさんのライフワークとなる『詩とメルヘン』の創刊につながるのです。

詩とメルヘンって

1973年にサンリオから創刊された詩の雑誌。『赤い鳥』のような雑誌をつくりたいと考えたやなせさんが編集長となり、表紙画やイラスト、投稿された詩の選考など、ほとんどすべてを請け負う形で刊行。第1号は雑誌としては異例の5刷までいき、2003年に休刊するまで、抒情精神を伝え続ける雑誌として広く愛されました。

マンガ界の巨匠が与えた影響とは?

 マンガ界の巨匠・手塚治虫さんとの出会いも、やなせさんの後の人生に大きな影響を与えました。やなせさんは48歳のとき、手塚治虫さんから依頼を受けて、手塚さんのアニメ制作会社・虫プロが初めて手がける長編劇場アニメ「千夜一夜物語」の美術監督とキャラクター・デザインを担当することになります。
 アニメの知識はまったくなかったものの、持ち前の冒険心でこの仕事を引き受けたやなせさんは、制作を通してキャラクター・デザインの面白さに目覚めたのだそう。この経験が、のちのアンパンマンでギネス記録に認定されるほどの多彩なキャラクターを創案することにつながるのです!
 また、映画のヒットにより手塚さんから「短編アニメを自由に作ってください」と言われたやなせさんは、自身初の絵本でありヒット作だった『やさしいライオン』(フレーベル館)をアニメ化。第24回毎日映画コンクール・アニメ部門の大藤信郎賞をはじめ、数々の賞も受賞します。


悩みながらも新しい仕事に果敢に取り組み、交友を広げていったやなせさん。いよいよ次ページはアンパンマン誕生の秘密に迫ります!

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