歌舞伎座のリニューアルや、若手役者の活躍で、歌舞伎が盛り上がりを見せています。しかし、初めて見に行くとなると、ハードルが高いのも事実。伝統的な演劇を見慣れていない人でも楽しめるのでしょうか? そんなギモンに「社会人ほど歌舞伎を見てほしい」と答えてくれたのが、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さん。今回は、初心者にこそ知ってほしい歌舞伎の魅力、楽しみ方を教わりました。
歌舞伎はもともと、民衆の娯楽として生まれたエンターテインメント。歌舞伎独特の上演スタイルや代表作を頭に入れて、歌舞伎を身近に感じてみましょう!
1600年に出雲の阿国が「かぶき踊り」を始めたのが歌舞伎のはじまりといわれています。もともと女性による踊りでしたが、幕府の取り締まりですべての登場人物を男性が演じることになり、「立役」と「女形」が生まれました。その後、人形浄瑠璃の人気演目が歌舞伎に取り入れられたり、人気作家の登場によって大衆から支持を集め、現在のように芝居と踊りが柱となった演劇となります。ちなみに、歌舞伎の語源は「傾く(かぶく)」で、“変わっている・派手”なという意味からきています。

年間を通して毎月上演されているのが、東京・銀座の「歌舞伎座」。次に上演頻度が多いのが、国立劇場(半蔵門)と新橋演舞場(新橋)です。また、年に2回、明治座(日本橋)でも上演されます。
東京以外では、大阪の松竹座、京都の南座、名古屋の御園座(現在、改装中)、福岡の博多座でも、年に数回、ひと月固定して歌舞伎が上演されています。さらに、夏や秋には全国の市民ホールなどで歌舞伎巡業が行われています。
「通し」「見取り(みどり)」と呼ばれるものです。通しとは、長いストーリーの演目を半日や1日かけて上演するスタイル。見取りとは演目の名場面だけを抜き出して上演することです。料理に例えるなら、通しはコース料理、見取りはアラカルト。どちらの上演でも休憩が入り、これを「幕間(まくあい)」といいます。
『仮名手本忠臣蔵(かなてほんちゅうしんぐら)』
元禄時代に起こった赤穂浪士による仇討ちを劇化したもの。テレビや映画で何度も映像化されていますが、250年の年月を経て磨き抜かれた歌舞伎がもとになっています。この演目は、塩冶判官(浅野内匠頭)の切腹から大星由良助(大石内蔵助)と四十七士が仇討ちを果たすまでを、まる1日かけて通し狂言(全幕、またはそれに近い場割りで通して上演すること)で見るのがおススメ。人間の嫉妬や欲深さ、悲恋、面白さが表現され、感情が大いに揺さぶられます。
『勧進帳(かんじんちょう)』
都を追放された源義経が、彼に仕える弁慶とともに東北の平泉まで逃げた際の物語。途中に通り掛かる北陸の安宅(あたか)の関で、義経・弁慶らが関守の富樫と攻防を繰り広げ、緊迫感あふれるやりとりをするのが見どころです。歴史的なエピソードをもとにした演目ですが、現代の上司や部下といった人間関係にも置き換えられる話です。最終的な目標や目的のためにはつらい決断を行わなければならないことがありますが、そんなときの部下への気遣いがいかに大切かということを教えられます。
『平家女護島(へいけにょごのしま)』
平清盛へ謀反を企てた罪により、島流しにされた主人公・俊寛の人間性やメンタリティに注目。都に残してきた妻を殺された絶望の中でも、前途ある若者(成経)のために自己犠牲の決断をする俊寛の姿は、心に響くものがあります。見た目は地味ですが、ストーリーがしっかりしていること、島流しの風習はヨーロッパにもあったことなどから、外国人を接待するときにもおススメです。
『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』
女心の執念を妖しく踊る舞踊劇の最高傑作。若い美僧・安珍に恋した清姫が愛を拒まれたのを恨み、白拍子(男装の踊り娘)の花子として道成寺の鐘供養に訪れます。舞を披露するうちに蛇体となって鐘に取り憑くという物語。恋にまつわる女性の姿を踊り分けるところが見どころです。
『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』
歌舞伎きっての色男・助六の活躍を描いた痛快劇。男前で腕が立つ江戸っ子の鑑・助六と、恋人で吉原のトップスター・揚巻が舞台狭しと活躍。嫌らしい老人・意休をぎゃふんと言わせる様子は誰もがスカッとくる歌舞伎十八番です。
『弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)』
女装の少年盗賊・弁天小僧が登場する人気演目。武家の娘に化けた弁天小僧とお侍に化けた兄貴分・力丸が、呉服店から大金をねだり取ろうとするも、居合わせた別の侍に正体を見破られるというストーリー。花道に颯爽と登場する盗人集団・白浪五人男の勢揃いと、弁天小僧の「知らざぁ言って聞かせやしょう」の名台詞で舞台は最高潮に盛り上がります。
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中村吉右衛門(なかむら・きちえもん)テレビドラマ『鬼平犯科帳』の鬼平役でもおなじみ。兄は松本幸四郎さん。『勧進帳』の弁慶や『仮名手本忠臣蔵』の大星由良助、『平家女護島』の俊寛を得意とし、どんなジャンルもこなせる立役。歌舞伎のオーソドックスなスタイルを踏襲しつつ、人間の内面を掘り下げる演技で現代人の心を揺さぶることができる人。時代が変わっても世の中の本質は変わらないというポリシーを具現化しています。 |
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尾上菊之助(おのえ・きくのすけ)父は尾上菊五郎さん、母は富司純子さん、姉は寺島しのぶさん。品のある美しい顔立ちを活かし、女形も二枚目もこなす若手スター。家の芸である『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助や『京鹿子娘道成寺』の花子、『助六由縁江戸桜』の揚巻などが当たり役。与えられた役をしっかり深める演技から、オーソドックスな歌舞伎を極めようという明確な意思が感じられます。 |
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市川猿之助(いちかわ・えんのすけ)2年前に市川亀治郎から襲名。最近は歌舞伎以外にもテレビや映画、CMに出演中。歌舞伎役者には古典派と革新派が存在していますが、猿之助さんは革新派。両者は一見対立しているようで、二つがあってこそ歌舞伎は盛り上がります。先代の猿之助(現・市川猿翁)が始めた現代風の「スーパー歌舞伎」を、今年から「スーパー歌舞伎Ⅱ」として上演。現代の演劇界を代表する役者であるとともに、新たな歌舞伎を追求しています。 |
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市村橘太郎(いちむら・きつたろう)おくださんイチオシのベテラン脇役。若手時代は小柄な体格を生かし、小回りの利く立ち回りを得意としていました。現在は幹部に昇格し、主役を脇で支えつつ、舞台上にいるだけで空気が引き締まるほどの存在感を見せています。 |
いざ歌舞伎を見に行くときは、どんなことに注意すればいいのでしょう? 東京・銀座の歌舞伎座を例にして、歌舞伎をより楽しむためのマナーや実践的なテクニックを教えてもらいました。
「ジャケットを羽織らなければならない」といったドレスコードはなく、普段着で行ってもOKです。ただし、長時間座っているので、素材の硬いジーンズなどは疲れやすいかも。気張らない程度にオシャレをしていくと、観劇の気分が盛り上がるはずです。

イヤホンガイドとは、舞台の進行に合わせて、歌舞伎独特の約束事や俳優の紹介、物語の歴史やあらすじなどを解説してくれるもの。歌舞伎座をはじめ、国立劇場や大阪の国立文楽劇場では英語版も用意されています。初めて歌舞伎を見るときにはおススメですが、二度、三度と通うようになったら、3本立てのうち1本は役者の声と舞台の雰囲気だけで鑑賞してみるなど、使い分けると良いでしょう。
お財布が許すのであれば、1階の一等席で見てみましょう。花道も近く、観客と舞台の一体感が味わえます。花道は劇場の中央ではなく下手寄り(客席から見て舞台左側)にあり、一等席の右側に座るか左側に座るかは好みが分かれるところ。通っているうちに自分好みの角度が見つかります。また、3階席は舞台を俯瞰で見ることができ、大向う(おおむこう)と呼ばれる掛け声をかける常連さんたちがいますから、一等席とは異なる楽しみ方ができます。

歌舞伎の合間の休憩時間(幕間)は、長くて30分程度、短いと10分程度です。この時間は、食事や劇場内の美術品鑑賞、売店めぐりをしてはいかがでしょう? 歌舞伎座なら落ち着いたレストランから喫茶室まで、食事処はさまざま。お弁当の販売所もあり、座席で食べられます。おやつなら、歌舞伎座名物の「めで鯛焼き」や「人形焼」を。歌舞伎座以外の各劇場でも、和・洋のスイーツが充実しています。手拭いや絵はがき、和小物など、歌舞伎関連グッズや書籍などを揃えた売店を覗いてみるのも楽しいですよ。
好きな演目を1本だけ見られる席を「一幕見席」と呼び、歌舞伎座には専用席が設けられています。歌舞伎座4階の専用席は椅子席が約90名、立見が約60名、すべてが自由席です。一幕見なら上演時間も短く、仕事帰りにふらりと立ち寄ることができます。ただし、人気演目では売り切れる場合もありますからご注意を!
江戸時代のにぎやかな芝居小屋のイメージにある通り、ある程度自由な雰囲気があるのが歌舞伎の魅力。しかし、誰もが気持ちよく見るためのマナーはあります。まず、音の問題。携帯電話は電源を完全にオフにしておきましょう。ナイロン袋のシャリシャリという音も邪魔になりがち。飲食できる劇場が多いものの、音や匂いの気になりそうな食べ物は避けたいところです。また、舞台の撮影や録音は一切禁止されています。
「成田屋!」「音羽屋!」など、客席から聞こえてくる掛け声を「大向う」と呼びます。もともと、大衆の席で定着した遊びなので3階席や幕見席で行われるもの。現在は歌舞伎の雰囲気をつくるために、同好会による大向うが多いのですが、一般の人が声を掛けても問題ありません。ただし、特定のタイミングや役者の屋号で呼ぶ習わしなどがありますから、何度か通ってみて、声を掛け慣れた人を見て、コツをつかんでからやってみましょう。
歌舞伎を実際に見て楽しさがわかったら、歌舞伎にまつわるイベントに行くのもおススメです。今回の監修者・おくださんが主催する「おくだ会」は、東京と名古屋で毎月開催。お茶や食事を楽しみながら、その月に上演されている歌舞伎の見どころや役者、演奏者などを迎えての対談を行っています。歌舞伎の愛好団体「花道会」も、歌舞伎俳優を招いたセミナーを開催中。また、東京・神田の「ワテラス」でも歌舞伎にまつわるイベントを定期的に行っています。

監修 おくだ健太郎 さん
歌舞伎ソムリエ。1965年名古屋市生まれ。大学卒業後、歌舞伎のイヤホンガイドの従業員を経て解説担当者に。その後、NHK教育テレビ「歌舞伎鑑賞入門」や、東京工業大学世界文明センターなどで講師を歴任。現在は雑誌やラジオ、自身が主催する「おくだ会」などで歌舞伎の楽しさを発信している。著書に『歌舞伎鑑賞ガイド』『中村吉右衛門の歌舞伎ワールド』(ともに小学館)など。
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