このページでは、東京の街にスポットを当てていきたいと思います。世界からも注目される街の筆頭といえば秋葉原が挙げられると思いますが、サブカルの街として知られるアキバ、江戸時代から文化発信拠点だったとも……?
世代によってイメージが変わる東京の街のひとつが秋葉原ではないでしょうか。戦後、無線やラジオの部品を扱う店が集まる電気街として栄えた秋葉原は、テレビ、冷蔵庫、洗濯機の普及とともに家電を扱う店舗が増え、1970年代のマイコンブーム時には自作パーツやジャンク品などを扱う店も増加、マイコン普及の拠点となります。日本の家電製品が世界から脚光を浴びていた1980年代には、Made in Japanの家電製品を目当てに、観光やビジネスで日本を訪れた外国人も多く訪れるようになったそう。
そんな秋葉原が現在のようなサブカルチャーの中心地となるのは、Windows95に代表されるパソコンブームを経た1990年代後半のこと。パソコン愛好家たちがゲームやアニメ、フィギュアに興味の対象を広げていったことでニーズに応えるお店が増え、メイド喫茶なども誕生。2000年代中頃には“アキバブーム”が到来し、オタクの街、サブカルの街に変貌しました。時代の変化に応じて柔軟に街の姿を変えてきた秋葉原ですが、江戸時代は庶民のための古着屋が多く集まるファッションタウンとして知られていたそう。当時から人やモノが集まる要の街だったんですね。
秋葉原がサブカルの街なら、「文化の杜」と称されるのが上野です。美術館や博物館、動物園が集まる一大文化拠点になったワケは、オランダ人軍医の進言がきっかけだったといいます。
明治時代、戊辰戦争によって焼け野原になっていた上野・寛永寺の境内に、医学校や病院を建設する計画が出された際、同地を視察したボードワン博士が「こんな幽邃(ゆうすい)な土地を潰して、学校や病院を建てることは途方もない謬見(びゅうけん)である」と反対。オランダ公使を通じて、政府へ公園の建設を申し出たのだそう。これを機に、日本で最初の公園のひとつ、上野恩賜公園が1873年に誕生すると、4年後には日本初の内国勧業博覧会が開催されました。その後、現在の東京国立博物館、恩賜上野動物園もオープン。東京音楽学校の移転をきっかけに、同校と東京美術学校が東京藝術大学に発展しました。こうして現在の上野は、国立科学博物館、東京都美術館、国立西洋美術館など博物館・美術館をはじめ、資料館や庭園、音楽ホール、研究センターなど多彩な文化施設が集まる文化の杜となったのです。
最近ではカレーの激戦区としても知られる神保町は、世界最大級とも評される古本の街。界隈には150を超える古書店や大型の新刊書店が集中し、ここでしか出会えない本を求めて、国内外から多くの人が足を運んでいます。
そもそも神保町が古書店街となったのは、明治時代に相次いで創立された私立学校の学生向けの専門書を扱う書店が集まるようになったことがきっかけなのだそう。古本を扱えば金銭的な余裕がない学生にも喜ばれると古本屋も増え、明治時代後期にはすでに100店舗近いお店が営業していたとか。出版社である岩波書店も、大正時代のはじめに古本屋として開業したんです。1960年から続く神田古本まつりは神保町の名物となり、書店と書棚に囲まれた約500mにおよぶ「本の回廊」は同まつりの名物となっています。
都の調査によると、東京は180以上の国と地域の人が暮らす多国籍な都市。近年は外国人コミュニティも各地に点在するようになり、新宿・新大久保はコリアンタウンとして全国から観光客が集まっているのはみなさんもご存じだと思います。ここで、都内の外国人コミュニティをいくつかご紹介します。
コリアンタウンで知られる新大久保周辺、最近は韓国系だけでなくイスラム系の住民も増えているんです。街中にはハラルフードを扱うスーパーや飲食店も集まるようになり、ネパールやベトナム系の人々が経営する店舗も増加しています。
学生街として知られる高田馬場は、最近ではリトルヤンゴンとも呼ばれるように。1980年代後半から、母国を離れて難民となったミャンマー人がこの街の周辺で暮らし始め、高田馬場駅近くにはミャンマー料理のレストランから食材、雑貨までを扱うお店が集結したビルもあるほどなんです。多民族国家であるミャンマーだけに、各民族の料理を味わえるレストランも充実しています。
東京の東側、西葛西はリトルインディアと称されるほど、インド系の住民が多く暮らしています。地下鉄一本で都心にアクセスできるこの地では、IT業界のエンジニアを中心に1990年代後半からインド人が増え、レストランや食材店、ヒンドゥー教の寺院なども設けられるように。今ではヒンドゥー教の新年を祝うお祭りなども開催され、インド人だけでなく多くの日本人も集まる街の風物詩となっています。
古くからの下町である葛飾には、2000年代中頃からエチオピア系の人が集うようになり、リトルエチオピアとも呼ばれるコミュニティができあがっています。町工場が多く、都心より比較的家賃が安いこともあり、政治の混乱で国を追われた人だけでなく、都内の大学に通う留学生も集ってくるようになったとか。日本ではまだまだ珍しいエチオピア料理を食べられるお店も営業しているんです。
上記で挙げたほかにも、中華街構想が持ち上がったこともある池袋や、フィリピン人が集まる竹ノ塚など、外国人コミュニティは東京各地に存在。名実ともに多文化共生の街となる日も近いかもしれませんね。
東京の空の玄関口、羽田空港は、増加する訪日外国人観光客を円滑に受け入れるため、新しい飛行ルートの運用が始まるなど、空港機能の強化が図られています。そんな羽田空港に隣接する土地で進められているのが、日本の技術力や伝統文化、アートなどを国内外に発信する拠点づくり。多摩川を挟んだ神奈川県川崎市には、ライフサイエンスなどの研究開発拠点やホテルを統合的に整備したキングスカイフロントが広がっていますが、羽田では研究開発施設や先端医療研究センター、コンベンションホール、日本文化の体験施設など、多彩な用途の複合施設が2020年夏に開業予定なんです。国内のさまざまなイノベーションが飛び立つ、新産業創造・発信拠点としても羽田は飛躍していきそうです。
もともと漁師町だった羽田に飛行場が誕生したのは1931年のこと。民間専用の飛行場である東京飛行場が開設され、終戦後はGHQの接収を経て、1952年に東京国際空港として東京の表玄関となります。「羽田」という空港にぴったりの名前は、開港を機に付けられたように思ってしまいますが、もともとの土地(2つの島)が鳥の両翼に似ていることから羽田と名付けられたという説や、埴田(はにだ)、墾田(はりた)が「はねだ」となり、海鳥の羽がたくさん落ちていたから羽田と呼ばれるようになったという説もあるんです。
カルチャーの街から先端産業の発信拠点まで、魅力が尽きることのない東京。今回紹介できたのはほんの一部、これからもこの大都市の進化は止みそうにありませんね!
参考文献(順不同)
『東京大改造マップ2020-20XX』(日経BP)/『ニッポンを解剖する! 東京図鑑』(JTBパブリッシング)/岡田哲『たべもの起源事典 日本編』(筑摩書房)/室橋裕和『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)/東京都(ホームページ)/東京都公文書館(同)/国土交通省(同)/毎日新聞(同)/日本経済新聞(同)/NIKKEI STYLE(同)/乗りものニュース(同)/NHK(同)等
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