日本の女性誌

いつの時代も、社会の流れを色濃く反映してきた女性誌。そのルーツは「女性の教育・啓発を目的とするもの」だったとか!? 今月の「Trace」では、女性誌の変遷を探っていきます!

日本初の女性誌、男性読者のほうが多かった!?

日本の女性誌の歴史は、いまから130年以上前の1884(明治17)年、『女学新誌』(修正社)の創刊で幕を開けました。
文明開化で近代化が進む時代に、日本の女性の教育・啓発を目的に創刊された『女学新誌』は、創刊からわずか1年4カ月で廃刊となってしまいますが、初代編集長だった近藤賢三が新たに立ち上げた『女学雑誌』(女学雑誌社)が、その目的を引き継ぎます。
1886(明治19)年に近藤が急逝すると、『女学新誌』時代から近藤とともに雑誌づくりを行っていた巌本善治が編集人となり、キリスト教思想を背景に、教訓的な記事だけでなく、社会の諸問題も扱う女性総合誌に刷新。廃娼運動や一夫一婦制建白運動といった日本の婦人解放運動に重要な役割を果たしました。
また、文芸批評や文学作品も掲載し、北村透谷や島崎藤村らが同人の『文学界』(同)を分派として誕生させるなど、明治の文学界にも影響を与え、女性よりも男性の読者が多かったという話もあるほどなんです。

有名人のスキャンダルは今も昔も女性誌の十八番

150誌以上もの女性誌が創刊されたという明治時代。明治も後期に入ると、教育・啓発系の雑誌だけでなく、衣食住に関する生活の知恵を紹介する総合誌から、知識や娯楽情報を盛り込んだ生活実用誌、文学作品のみを掲載する文芸誌、新しい家庭像や子育て、料理などをテーマにした家庭誌、手芸、美容、いけばななどの専門誌まで、内容が多様化していきます。
『婦人画報』(近事画報社〈現 ハースト婦人画報社〉)が国木田独歩を編集長に創刊されたのも1905(明治38)年で、同誌は現存する日本最古の女性誌でもあるんです!
また、大正デモクラシーの時代になると、芸能ネタが賑わう現在の女性週刊誌のような誌面づくりも見られるようになります。
例えば、1921(大正10)年10月に起きた白蓮事件。九州の炭鉱王だった伊藤伝右衛門の妻で歌人の柳原白蓮が、新聞上で伊藤に絶縁状を突きつけ、社会運動家の宮崎龍介と駆け落ちした大スキャンダルは、各誌が多くのページを割いて取り上げ、なかでも『婦人之友』(婦人之友社)の大正10年12月号は、78ページものボリュームで事件を徹底追及したのだとか。

戦後の新しい主婦像を提案した四大婦人誌

昭和初期には、美容や化粧品などの広告が増えたり、表紙や挿絵、付録などに力を入れる雑誌が登場したりと、娯楽色の強い誌面づくりが定番となります。
戦時中は、節約、防空、看護に関する記事など、戦争一色になりますが、戦後には休刊されていた女性誌の復刊や創刊が相次ぎ、「戦後の四大婦人誌」といわれる雑誌も送り出されました。

戦後の四大婦人誌とは?

『主婦之友(のちに『主婦の友』)』(東京家政研究会〈現 主婦の友社〉)、『婦人倶楽部』(大日本雄弁会〈現 講談社〉)、『主婦と生活』(新元社〈現 主婦と生活社〉)、『婦人生活』(同志社〈現 婦人生活社〉)の4誌のこと。『主婦の友』『婦人倶楽部』は大正時代に、『主婦と生活』『婦人生活』は戦後に創刊されました。
特に『主婦の友』は主婦向け雑誌の代表格として、年末号に出版界初の年間総目次を付けたり、女性誌で初めて「家計簿」を付録に付けた雑誌でもあるんです。夫が家の外で働き、妻が家の仕事をするという戦後の新しい主婦像、家族像のモデルを提案し続けましたが、現在は4誌とも休刊しています。

皇室、芸能、セックスが売りの女性週刊誌が創刊ラッシュ

ライフスタイルが多様化した高度経済成長期に、颯爽と登場したのが女性週刊誌です。1957(昭和32)年に日本初の女性週刊誌『週刊女性』(河出書房〈のちに主婦と生活社が発行〉)が創刊されると、翌年には『女性自身』(光文社)、1963(昭和38)年には『女性セブン』(小学館)が誕生。
いまでこそ、中高年の女性が好んで読む印象の強い女性週刊誌ですが、当時は急増していた都会で働く未婚女性「BG(ビジネスガール)」や女子高校生をターゲットに、皇室、芸能、セックスなどを中心にした記事を提供し、彼女たちの意識や行動に大きな影響を与えたといいます。

「OL」は女性週刊誌から誕生

働く女性を指すとき、いまだに使われているのが「OL(オフィスレディー)」なる和製英語。実はこれ、女性週刊誌によって生み出された言葉なんです。
働く女性は、戦前までは「職業婦人」、戦後は「BG(ビジネスガール)」と呼ばれていましたが、英語圏で“Business Girl”は「娼婦」を意味することから、東京オリンピックを控えた1963(昭和38)年に『女性自身』が「BG」に代わる言葉を公募し、1位として選ばれたのが「OL」でした。
ただし、この公募には裏話があり、もともと「OG(オフィスガール)」が1位だったものの、当時の編集長の鶴の一声で「OL」をトップに持ってきたのだそう……。

恒例の「星占い」もスタート、雑誌の歴史を変えた2つの女性誌

1970年代に入ると、雑誌の歴史を大きく変える2つの女性誌が創刊されます。1970(昭和45)年創刊の『an・an』(平凡出版〈現 マガジンハウス〉)と、翌年創刊の『non・no』(集英社)です。
『an・an』はフランスのファッション誌『ELLE』と、『non・no』はアメリカの『GLAMOUR』との業務提携で生まれた雑誌。当時隆盛を誇っていた女性週刊誌と差別化を図るため、女子高校生から20代前半の女性を対象に、隔週刊で判型を大型化、アートディレクターを起用し、活版印刷が常識だった雑誌の世界で一冊まるごとオールグラビアを採用、芸能などのスキャンダルを取り上げずにファッションや旅行、グルメ情報などをメインにする……など、それまでの女性誌とは異なるビジュアルや切り口で、若い女性の間で人気を得ます。いまや各誌でおなじみの「星占い」を始めたのも『an・an』がパイオニアなのだそう。
また、当時は国鉄(現JR)が「ディスカバー・ジャパン」という名前で、若い女性をターゲットに個人の国内旅行の大々的なキャンペーンを打ち出していた頃。両誌が旅特集を組むと、雑誌片手に京都などの古都や温泉地へ押しかける若い女性が急増し、団体旅行が主流で単身の未婚女性の旅行が珍しかった時代に「アンノン族」と呼ばれるほどの社会現象にもなったのです。


社会が求める女性像を伝える役割から、女性の見たい・知りたいを叶える雑誌へと変化した女性誌。次ページでもその変遷を辿っていきます!

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