ニッポンの演歌

vol.105

古いけれど若い?
ニッポンの演歌

北国を舞台にした曲が少なくないせいか、寒い季節には演歌がどことなく懐かしく感じ、心に沁みてきますよね。今月の「Trace」ではそんな演歌にスポットを当ててみました。古いけれど意外と“若く”もあるジャンルだったこと、ご存知でしたか?

”伝統“とはいえ歴史は……

「日本の伝統」「日本人の心の歌」などと形容されることが多いため、演歌には長い歴史があると思ってしまいがちですが、音楽ジャンルとして成立したのは1960年代後半から70年代にかけてのこと。高度経済成長期が到来し、人々の価値観が大きく変わる中で、自作自演やフリーランスの作家によるGS(グループサウンズ)やフォークのようなニューミュージックが台頭してくると、主にレコード会社の専属作家が書く従来の流行歌との違いが目立つようになり、都会調、日本調、浪曲調などと呼ばれていた大人向けの流行歌がひとつのジャンルと見なされるようになったそうです。

小説が現実に!?

実在のレコード会社のディレクターをモデルにした五木寛之の小説『艶歌』は、演歌の成立に大きな影響を与えた一作とされています。作中で演歌は艶歌、怨歌として、庶民が口に出せない怨念や悲傷を「艶なる詩曲に転じて歌う」ものであり、「泣くかわりに歌うことで人々は耐えて生きる」と語られました。小説は映画化もされ、小説の発表から3年後の1969年には藤圭子がデビュー。苦労に満ちた生い立ちを強調したプロモーションや、薄幸の少女のイメージに乗せて女性の情念を歌う姿は、小説で描かれた演歌のイメージを体現するようで、「演歌の星を背負った宿命の少女」として社会現象ともいえるブームを引き起こしました。

語源はもっと古い!

現在の私たちがイメージする演歌と直接的なつながりはないものの、「演歌」という言葉自体はもっと以前の明治時代に生まれていました。自由民権運動のさなかに時の権力者や政治を批判するために街頭で演説をしていた人々が、取り締まりから逃れるために思想を歌にのせるようになり、「演説の歌」「演説歌」が略されて「演歌」という言葉が生まれたそうです。自由民権運動が下火になると、演歌は時事ネタや社会風刺をおもしろおかしく歌う語り芸となり、歌本をつくって売り歩く演歌師が誕生。盛り場ではギター一本で客のリクエストを歌う流しの歌手も登場しました。
昭和になって演歌がジャンルとなると、過去の流行歌にも「演歌」という言葉が当てはめられるようになり、すでに流行歌手として活躍していた三橋美智也や春日八郎、島倉千代子らも演歌歌手と呼ばれるように。ちなみに、「演歌」という言葉が単独で新聞に登場するのは1960年代中頃、1948年から毎年刊行されている『現代用語の基礎知識』に初めて取り上げられたのも1970年のことなんです。

日本人初の○○になったヒット作

“演歌以前の演歌”で最初のヒットとされるのが川上音二郎の「オッペケペー節」です。「権利幸福嫌いな人に自由湯(党)をば飲ませたい」で始まる世相を反映した文句のあとに「オッペケペ、オッペケペッポー、ペッポッポー」と抑揚をつけて歌ったもので、寄席や書生芝居の幕間に披露されて人気を博したといいます。そんなオッペケペー節は、実は日本人初のレコードのひとつ。1900年に欧米巡業中の川上音二郎一座がパリ万博で数十枚のレコードを吹き込んだうちの一枚で、同曲をはじめ長歌や詩吟などが録音されたといいます。

J︲POPでも用いられる音階

さて、演歌を音楽的な面で特徴づけるもののひとつが「ヨナ抜き音階」ではないでしょうか。ヨナ抜き音階とはドレミファソラシドの七音音階のファとシ、つまり4番目(ヨ)と7番目(ナ)を抜いた音階で、ヨナ抜き長音階ともいいます。世界各地で聴かれる音階ですが、日本古来の民謡をはじめ唱歌や童謡にも多く用いられていることから、私たちが聴くと懐かしさや日本らしさを感じさせるというわけなんです。
演歌はすべてがこの音階というわけではないものの、都はるみの「アンコ椿は恋の花」や細川たかしの「北酒場」、千昌夫の「北国の春」など数々の名曲をはじめ、星野源の「恋」や米津玄師の「パプリカ」など現代のJ-POPでも用いられているんです。

あの節回しは仏教がルーツ?

1972年に300万枚以上の大ヒットを記録し、演歌界でもっとも売れた宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」。同曲を特徴づけるのが、ボーカルの宮史郎の仰々しいこぶし(小節)です。演歌の世界では「こぶしを効かせる」などと表現されるこぶしですが、もともとは仏教の声明などで「ユリ(由里)」と呼ばれる旋律がルーツで、それが民謡や浪曲を経由し、演歌でも細かな節回しとして取り入れられたそうです。
ちなみに、「女のみち」はキャバレーでドサ回りの漫才をしていた彼らが自主制作し、有線放送でじわじわと人気を集めて大ヒットに結びついたもの。演歌では地道なプロモーションを何年も続けて持ち歌をヒットさせる活動が定番ですが、そうした売り込み方が定着したのもこの曲以降なのだとか。

演歌の世界にも新世代の波

年配の人が聴くイメージが強い演歌ですが、少し振り返るだけでも、2000年代初頭には“演歌界のプリンス”として幅広い世代から支持を集めた氷川きよしが登場。日本人である祖母の影響を受けて小さな頃から演歌を聴き、演歌歌手になるために来日してNHK紅白歌合戦にまで出場したアメリカ人演歌歌手のジェロのように、世間の注目を集める人気歌手の話題に事欠きません。最近ではお笑いの世界で「第7世代」と呼ばれる若手芸人が活躍しているように、演歌の世界でも新世代が台頭しているようです。

演歌界の第7世代とは?

中澤卓也

高校生までレーシングドライバーを目指していたものの、NHKのど自慢への出場をきっかけに関係者の目に留まった実力派。2017年に「青いダイヤモンド」でデビュー


真田ナオキ

吉幾三に師事し、2016年に「れい子」でデビュー。東日本大震災で多くの歌手が被災地を訪問する姿に心を動かされて演歌界に足を踏み入れたそうです


辰巳ゆうと

祖父の影響で幼い頃から演歌に親しみ、大学在学中の2018年に「下町純情」でデビュー。時間があるとソロキャンプや登山にも行く行動派


美良政次

2018年に「未練橋」でデビュー。1990年代初頭からビジュアル系バンドで活動し、現在もバンドMoi dix Moisへボーカルとして参加しているビジュアル系演歌歌手


新浜レオン

演歌歌手の高城靖雄を父に持ち、その実力が買われて演歌歌手がいなかった音楽事務所から「離さない 離さない」でデビュー。そのデビュー日は令和へ改元された2019年5月1日という令和新人歌手第一号

こうした第7世代たちはコロナ禍においては配信ライブを積極的に展開し、SNSも駆使してファンとの交流を続けているところが今風。20代が中心ということもあり、若い力で演歌界を活性化させてくれそうです。

東京を中心に首都圏でチェーン展開する立ち食いそば屋の名代富士そばでは、店内のBGMで常に演歌が流れているのがおなじみですが、この演出は創業者が演歌の作詞家として活動していることと、お客の抱える孤独感や寂しさを和らげたいという想いもあるのだそうです。心の琴線に触れる演歌、みなさんも時には味わってみては?

参考文献(順不同)
北中正和『[増補]にほんのうた』(平凡社)/輪島裕介『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社)/五木寛之『怨歌の誕生』(双葉社)/宮沢章夫・大森望・泉麻人・輪島裕介・都築響一・さやわか 著、NHK「ニッポン戦後サブカルチャー史」制作班 編著『NHK ニッポン戦後サブカルチャー史 深掘り進化論』(NHK出版) 等

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