長い日本人とワインの歴史の中には、さまざまなエピソードがありました。ここでは、思わず驚いてしまうような、ワインにまつわるトリビアをご紹介。ボージョレが話題の今だからこそ、会話のネタにもぴったりです。

安土桃山時代に、ポルトガルの伝来品とともに日本に入ってきたワイン。では、日本でいち早くワインを飲んだのは誰なのでしょうか? これには諸説ありますが、中でも気になるのが当時の戦国大名・織田信長という説です。信長と言えば南蛮文化好きでも有名。コーヒーも信長が日本で初めて飲んだ…というエピソードがあるほどに好奇心旺盛だったようです。信長の珍しいもの好きで派手好きな性格から考えると、妙に納得できるエピソードです。

第二次大戦中は、酒類の製造にさまざまな規制が設けられましたが、ワイン造りだけは奨励されていました。というのも、ワインには酒石酸が含まれ、さらに加工するとロシェル塩結晶という物質ができるためです。これをドイツ軍が音波防御レーダーの原料として採用。日本もこれに倣うために、山梨県のワイン工場を軍の管理下におくことにしました。ワイン工場は酒石酸採取工場と名前を変え、ワインは飲み物としてだけなく、レーダーの材料として利用されることになったのです。

ボージョレは地区名、ヌーボーは新酒という意味。つまりフランス・ブルゴーニュ地方のボージョレ地区で作られる新酒のこと。毎年、11月の第3木曜日に解禁され、世界中で話題を集める有名なワインです。世界に名を轟かすボージョレ・ヌーボーですが、ここまで知名度を上げたのは宣伝方法がカギだといわれています。
仕掛人は、ボージョレの帝王と呼ばれた醸造家のジョルジュ・デュブッフ氏。地元出身の彼は、より多くの人にボージョレワインの魅力を知ってもらいたいと、バラバラだった生産者をまとめて新酒のお祭りとともに売り出します。そのときのポスターのコピーが「ボージョレ・ヌーボーがやってきた!」。軽やかなワインの魅力をうまく表したコピーで人気を獲得しました。その後、世界にもファンを増やそうとアメリカと日本をターゲットにしたマーケティングを展開。日本では、時差の関係によって「世界で最も早く飲める点」に着目し、カウントダウンイベントで盛り上げる戦略が大当たりしました。バブル期には盛り上がりが最高潮に達し、マスコミにも多数取り上げられました。現在では、「50年に1度の出来栄え」など毎年つけられる絶妙なコピーも楽しみの一つです。

フランスには、ボルドーとブルゴーニュという高級ワインの2大産地があります。この地でワイナリーをもつのは、欧米社会ではとんでもないステータスとなっており、昔は有名貴族でないと所有することが許されませんでした。なんと、そこに日本企業であるサントリーが由緒あるワイナリーを所有しています。それが、メドックの3級に格付け*されているシャトー・ラグランジュです。買収した83年当時は、ワイナリーが荒廃しきっていた上に、経済的利潤のみを追求する姿勢で、世界から批判を受けていた日本人が買い取ったことで「いよいよダメになる」と言われたものでした。しかし、サントリーはこれを覆すように、企業風土を保ち、品質を一気に向上させます。この実績により、「日本企業は文化に理解がある」と評価を上げることになりました。
*ボルドーには、ワインのランクを決める「格付け制度」があります。ボルドー・メドック地区の格付け制度では、61のワイナリーに1級~5級までの階級が与えられています。

天ぷらの語源には、「調味料(tempero)」など諸説あり、はっきりとはわかっていませんが、そのうちの一つとして、スペインの赤ワイン品種テンプラニーリョと語源が同じという説があります。テンプラニーリョとは、スペインの赤ワイン生産量No.1の伝統品種。日本でも増えているスペインバルで、赤ワインを頼むと運ばれてくるのがたいていこのワイン。メニューを見て、名前が似ているなと思った方も多いのではないでしょうか? このテンプラニーリョと天ぷらの語源となっているのが「早い」を意味する“Temprano”。テンプラニーリョは早熟品種であったことから、天ぷらは調理時間が早いことからその名がついたといわれています。天ぷらは、南蛮貿易が盛んだった時代にもちこまれたため、彼らの話していた言葉をもとにしたのではと考えたくなります。
洋食のパートナーと思われてきたワインですが、ここ最近、和食などさまざまな料理とのマリアージュが注目され、日本人にも親しみやすくなっています。下記の表を参考に、試してみると、ワインの新たな魅力を発見できるかもしれません。

ワインがはじめて日本にやってきてから約450年。日本人は西洋に学び、技術を取り入れ、独自に進化させてきました。西洋文化の象徴であるワインは、紆余曲折を経ながらも、日本に根付き多くの人に愛されるようになったのです。そして、現在ワインを消費するだけでなく、日本産のワインを世界に打ち出していこうという動きも出始めています。長い「日本人とワイン」の歴史の中で、これからが日本産ワインにとっておもしろい時期なのかもしれません。ボージョレはもちろん、この機会に日本産のワインに注目してみてはいかがでしょうか。きっと、そこには新しい世界が見えてくるはずです。
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取材協力
斉藤研一/ワインジャーナリスト、サロン・ド・ヴィノフィル主宰
漫画『神の雫』でコラムを担当。担当した当時「彼の誉めたワインは市場から消える」といわれたほど。各国の生産者との交流もさかんで、市場動向にも詳しく、ワインファンからの信頼が厚い。また、ワインを愛する人のため、サロン・ド・ヴィフィルを主宰し、ワインの楽しさを伝えている。