特集 人は、なぜ山に登るのか?

今の登山ブームはいつからはじまった?山ガールまでの流れを探る

今、日本は登山ブームの真っただ中。山ガール、山ボーイなどが話題を集め、週末には山道に行列ができるほど。そこで、今回は日本人が大好きな登山のルーツについて調べてみました。今でこそ、誰しもが楽しめるレジャーとして定着している登山ですが、どうやら一昔前までは事情が違っていたようです。日本人はいつから、山に興味を持ち出したのか? 今、こんなにも多くの人が山に魅了されているのはなぜなのか? 思わず、人に話したくなる登山のルーツに迫ります。

3人の外国人によってはじまったレジャー登山

日本人と登山の関係を見ていくと、江戸時代以前は、山岳信仰に基づいた登山が中心となっていました。現在のようなスポーツ的要素が強い「近代登山」がはじまったのは、明治初期の1874年のこと。当時、「日本考古学の父」と呼ばれ、「日本アルプス」の名付け親であるガウランド、イギリス人の化学者であり、東京開成学校の教師でもあったアトキンソン、イギリスの外交官であるサトウという3名の外国人がピッケルとナーゲル(鋲靴)を用いて六甲山を登ったことに端を発します。彼らが日本の山の魅力を本国に伝え、その後、ウェストンの「日本アルプスの登山と探検」を経て、「日本山岳会」発足の機運が高まります。そして、1905年に「日本山岳会」が発足したことがきっかけとなり、登山が急速に広まっていったのです。ただし、この頃の登山はかなりハイレベルなものであり、まだまだレジャーという類のものではありませんでした。

登山ブームは豊かさの象徴だった?

その後、戦時中に一度登山の火は消えかけますが、1956年、再び登山が脚光を浴びるようになります。このきっかけとなったのが、日本山岳会の槇 有恒(まき ゆうこう)を中心とするパーティーがヒマラヤの8000メートル峰マナスルへの登頂を成功させたこと。これが大きなニュースとなり、第一次登山ブームが起こりました。大学には山岳部やワンダーフォーゲル部が次々とでき、部員数が100名を超えるところも出てきました。このとき、大学生以外でブームの中心になったのが働き盛りのサラリーマンの人々。彼らは土曜の午前中まで仕事をして、午後から電車に乗って山に出かけ、日曜に山に登り、その日に下山して、月曜からは再び仕事に戻るというハードスケジュールで登山を楽しんでいました。より険しい山を求めて、谷川岳や剣岳などで、ひたすら高みを目指す本格登山派がいる一方、軽装で自然を楽しむことを目的とする「レジャー登山」を行う人も徐々に増えていきました。

第1次登山ブームを境に、登山は2つに分かれていった!

本格登山 レジャー登山

エリート限定!? 登山はお金持ちの道楽だった

日本山岳会が設立されてからの10年あまりを登山の第一次黄金期とする説があります。当時、山に登っていた人の多くは大学生や貴族などのエリートのみ。日本山岳会の初期メンバーを見ると、大学生や貴族院議員、大学教授などと、いわゆる上流階級に位置する人がほとんどで、庶民レベルはごく僅かでした。1905年から第一次登山ブームが起こるまでの間、登山という遊びはお金持ちや余裕のある人の特権だったのです。


その後、1980年代には週休2日制になったことや、マイカー増加に伴い、登山人口は増えていきました。この頃になると、本格登山よりもレジャー登山が普及していきます。バブル期に海外旅行などにとって変わる形で、一度登山者の数は減ったものの、90年代前半には深田久弥氏による「日本百名山」が話題となり、中高年を中心とした第二次登山ブームが起こります。このブームの背景には、バブル時に海外旅行のような贅沢な遊びをしていた人々が、お金を使わなくても外国に行ったような“非日常感”を味わうために訪れていたと考えられます。バブルが崩壊し、日本が元気を失くした時でも、日本人は山に登り続けたのです。


そして、2007年頃から現在まで続く第3次登山ブームとなります。中高年が主流であった登山に若者が注目しはじめ、2009年から2010年にかけ「山ガール」といった言葉が注目を集めました。このきっかけとなったのが、「山スカート」に代表されるファッションアイテム。それまで地味な印象だったアウトドアファッションから、色やアイテムを組み合わせるなど、自分なりのオシャレを楽しめるようになったためです。中でも、「山スカート」はアウトドアブランド「モンベル」が2006年頃から販売を開始し、人気を集めました。ファッション性と機能性を兼ね備えて、登山だけでなく、フェスやハイキングなどにも活用されるなど、爆発的な人気を誇りました。

また、登山は閉塞感の漂う時代にもマッチしていたと言えます。日頃のストレスを解消するような爽快感や達成感を気軽に味わうことができるため、癒しを求める現代人の逃げ場にもなっていったそうです。このブームをきっかけに、登山は若者のレジャーとして定着。今でも、高尾山をはじめとする都内近郊の山々には、カラフルなファッションアイテムに身を包んだ男女が多く訪れています。

もともと、特権階級の遊びだった登山。昔は一部のエリートの遊びだったものが、経済成長とともに庶民に広がっていきました。見方を変えれば、日本の大衆が登山を楽しめるほど豊かになったとも考えられます。次のページからは、近代登山以前の日本人と山の関係について調べてみました。そこには、歴史の影に隠れた意外な事実がありました。

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